大学病院の霊安室で出会った霊が、私の命を救ってくれたのです。
二年ほど前の話になりますが、生まれて初めて霊を見るという体験をしたことがありました。それは私が長年営んでいる花屋での仕事中の出来事でした。花屋といっても、他の多くの花屋と同様、葬儀用の菊の花かごを扱うことで細々とやっている小さな店です。冬の寒い時期に葬儀は多く、そのことがあったのも、二月中旬の寒い日だったことを覚えています。
その日の仕事が一段楽して店を片付けている頃「今すぐに大学病院まで花束をひと組届けて欲しい」と付き合いの長い葬儀屋さんから電話がありました。普段なら葬儀屋さんの若い衆が店まで取りに来てくれるのですが、その時は全く人手が追いつかない状態だったらしく、私が直接霊安室へ届けに行くことになったのです。
病院で待ち合わせて花を届けるだけなら、普段は作業服のまま配達用の軽トラで行っています。ところが霊安室に直接行くとなるとご遺族の方もいらっしゃいますし、一人でフラッと行くわけにもいきません。私はスーツに着替え、アルバイトを一人助手として連れて大学病院へと向かいました。
病院へ到着しお盆に載せた生花の束と、小さな花かごを2つ持って私たちは裏口へと向かいました。霊安室へは裏口から入って、専用のエレベーターで地下二階まで降りなくてはなりません。あいにく下で止まっていたエレベーターが来るのを待っていると、グレーの服を着た若い女性があとからやってきました。ひどく疲れた様子でうつむいていましたが「おそらくご遺族の方だろう」と思い、あまり気にしませんでした。
エレベーターが来てドアが開いたので、「お先にどうぞ」と声をかけると、その女性が消え入りそうな声で「○○家はこちらでいいのでしょうか」と言うので私は「はい、ちょうど今お花をお届けに参りました」と答えました。そして三人でエレベーターに乗り、霊安室へと向かったのです。
霊安室の前では、葬儀屋さんがご遺族の方と話をされていましたので、私はいつものように一礼してドアを開けると花を持って中へと入りました。そして安置台の上に横たわるご遺体を目にした時、私と助手は凍りつきました。まだ死化粧もされる前のその顔が、ついさっきエレベーターで一緒だった女性とまったく同じだったのです。私はなるべく取り乱さないように、ゆっくりと後ろを振り返りました。もちろん私と助手以外の姿は無く、助手などは目で見てわかるほど体が震えていました。
次の日助手は熱を出して寝込んでしまったのですが、私は不思議と「怖い」という気持ちよりも、「まだあんなに若いのに、さぞや心残りだろう」という気持ちのほうが大きかったように思います。「袖振り合うも多生の縁」というわけではないですが、私は葬儀屋さんに黙って、お葬式当日のお花は「せめてもの供養に」と採算度外視のものを納めたのです。
そしてつい先日、その時と同じ葬儀屋さんとの仕事をしていた時のことです。私は午前中の配達を済ませてから、あるお寺で葬儀屋さんと待ち合わせをしていたのですが、一方通行の多い場所だったため道に迷ってしまったのです。時計を見ると待ち合わせの時間まであと少ししかありません。すっかり焦ってしまった私は、間違えて入ってしまった路地を進んでさらに迷うよりはと、一度もと来た道へ出ようと軽トラをバックさせました。するとその瞬間頭の中に「危ない!」という女性の声がして、ハンドルが勝手に動いたのです。直後にガーンという衝撃があり、私はしばらく気を失ってしまいました。
あとで隣に乗っていたアルバイトに聞いた話によると、その時私がバックして出ようとした道をものすごい勢いでダンプカーが何台も通ったらしく、もしあのタイミングで道に出ていたらひとたまりも無かっただろうということでした。軽トラは電信柱にぶつかった割りにはほとんど無傷で、私も一応病院へ行きましたが全くの異常なし。もしあの時ハンドルが動いていなかったらと思うと、本当にゾッとします。
しかしいまだに不思議なのは、私は少しの間気絶していたと思うのですが、アルバイトは「一瞬痛そうにしたけれど、別に気絶なんかしていなかった」と言うのです。けれど私は確かにあの時、二年前大学病院で見た女性が光の中にたたずんで、私に会釈する姿を見たのです。アルバイトの人間はそんな私を笑いますが、私はあの女性が私の命を救ってくれたのだと信じています。
(大分県大分市 佐伯美和さん 55歳 生花業)
大和先生より
まさに「袖振り合うも多生の縁」の言葉どおりのお話ですね。この言葉は、道で人とすれ違い袖が触れ合うようなことでも、それは何度も繰り返された過去の世の縁によるもの。すべては理由のないただの「偶然」ではなく、縁によって定められた「必然」であるという意味です。
最初に貴方があまり「怖い」と感じなかったのも前世での縁のせいではないでしょうか。霊視してみますと、彼女は近所に住む幼馴染で家族同然の付き合いだったようです。ところが、彼女は貴方が戦(いくさ)で遠征しているあいだに病に倒れてなくなってしまったのです。そういう意味で貴方が彼女の「死に目」に会えたのも、決して偶然ではありません。そうやって魂は輪廻を繰り返しているという、まるでお手本のような例ですね。
それと、電話で貴方は「もしかしたら、成仏できないで彷徨っているのではないか」ということを仰っていましたが、決してそんなことはありません。彼女は他でもない貴方のことを助けるために、一時的に現れただけですのでご安心なさってくださいね。私までじんわりと胸が温かくなるようなお話を有り難うございました。