真夜中に私の頬を舐めて行ったのは、愛犬だった。
私は遠く親元を離れて、大学院生として独り暮らしをしています。就職活動を控えた私は自分の適職について、それと今付き合っている彼氏とのこれからの関係について知りたくて、雑誌“OZ マガジン”の広告で見た電話占いの天啓に鑑定をお願いしたのでした。
電話鑑定はおろか、街なかにいる占い師にすら占ってもらったことがなくて、始めはただ緊張のしっぱなしだったのですが、漠然と考えていた本当にやりたい仕事の志望だとか、彼氏とはいつどこでどうやって知り合ったのだとかをズバズバと言い当てられて、広告に書かれてあった『高い的中率』って本当なんだとビックリしました。あまりにも言われることが当たっているので、半信半疑だった気持ちや、沈んでいた気持ちが安らぐとともに、そのとき鑑定していただいた横山和子霊能者とはすごく会話も合って、なんでも話せてしまう気軽さがありました。
その後、横山霊能者の助言に従って、いざ望んだ就職活動で無事に第一志望の会社から内定をいただき、先日そのお礼のために横山霊能者に再度電話しました。そのとき私はふとあることを思い出し、先生に聞いていただいたのでした。それは電話するちょうど10日前、実家の飼い犬モモと私の身に起こったこんな出来事についてでした。
昨年よりもいっそう暑く感じる今年の夏。
私の部屋はマンションの6階にあるので、夜は窓を開けて眠れるのがありがたいです。さてその日、論文用の資料と就職のための企業案内パンフレットに夜遅くまで目を通していた私は、深夜2時も過ぎてそろそろ寝ようかと冊子を閉じました。玄関の戸締りを確認し、部屋の明かりやテレビを消し、ベッドに向かったときに、窓ガラスをガリガリッと引っかくような音をかすかに聞いたのです。「ベランダの鉢植えが風で倒れたのかな?」と思いましたが特に異常も無く、気のせいだろうとそのままベッドに倒れ込みました。
どのくらい時間が経った頃なのか、すぐに眠りに落ちていた私にはまったくわかりません。ですがふと顔に生温かい感触を受けて、うっすらと覚醒したのです。そしてうつ伏せに寝ていた私の頬を、何かが舐めている姿が暗がりの中に見えた気がしたのです。気がしたというのは意識がぼんやりとしていたからで、私はゾクッと背筋が凍るのを感じました。しかし不思議なことに、手足はまるで鉛の重しを付けられたかのようにまったく動かず、顔を逆方向に背けようとも電気が流れたかのように首がしびれて動かない。そして意識もぼんやりしたまま一向にはっきりとせず、目が暗闇に順応せずまったく視界も定まりません。
いわゆる金縛りの状態でした。それでも私はよく見えない中でも徐々に落ち着きを取り戻し、冷静に判断できるようになっていきました。強盗?でも戸締りはチェックしたし、彼氏?でも合い鍵は渡してないし、隣人が侵入?でも両隣りは子供のいるファミリーと80歳のおばあちゃんだし……。まさか……幽霊!?そう感じて居ても立ってもいられず、全神経を目だけに集中させ思いっ切り目を開けようとした瞬間、逆に私の意識はあっと言う間に落ちて行くのを感じたのでした。
翌朝の目覚めはどうしようもなく最悪でした。
ねまきは汗でぐしょぐしょ、髪の毛はいつもより異常に爆発して、目覚まし時計に至ってはなぜか部屋の片隅で粉々に砕けていました。しかしそれとは別に、不思議なことにいつまでも両目から止め処なく涙が溢れるのでした。なんだか重い身体を引きずりながら朝食を作っていると、そこへ電話が鳴りました。
「実はね……」とあいさつや何の前置きも無く、受話器の向こうで母が口を開いたのです。その内容に私は大きなショックを受けました。
母が今朝、いつものようにモモにごはんをやりに行くとモモがすでに死んでいたと言うのです。思わず息を飲みました。およそ10年前、私が中学生のときに我が家に加わった新しい家族のモモ。人間にとってはたった10年でも、犬にとっては老犬に至るだけの年月と言えるそうです。
それを聞いて私は、思わずハッとしました。昨夜私の頬を舐めていたのは、あれはモモではなかったか、と。暗い闇の中、意識もあやふやな状態でしたが、かすかに見えたあのクリッとした目、それこそがモモの特徴でもあり、私は思わず目を閉じて最後にモモに会った日を思い出していました。頬に残るモモの感触にそっと手をやり、私は大切な心の欠片が無くなってしまったような気持ちに打ちひしがれていました。そのことを話すと、母もまた電話口で「そう、最後に大好きだった貴女に会いに行ったのかも知れないね」とポツリとこぼしたのでした。私は友人や彼氏にもこの話をしました。
たいてい返ってくるのは「寝呆けてたんじゃない?」という冷たい言葉。しかし私は信じたかったのです。母も言っていた通りにあれはモモなのだと。そんな出来事があったと鑑定中に横山和子霊能者にお話ししたのでした。それから横山霊能者が霊視によって、ズバズバと私とモモとの思い出を見抜くにつれ、そのことに対する驚きよりも、モモとの思い出の再確認が心を満たし、私はまた涙が溢れてくるのでした。しかし最後に横山霊能者が、「今モモがクシャクシャにゆがんだ笑顔を、あちらから貴女に見せていますよ」と教えてくれて、私も安心したらまた溢れてきた涙を笑顔で拭うことが出来たのでした。
(大阪府大阪市 池田彩奈さん 24歳 大学院生)
横山和子先生より
遠距離恋愛に対する不安と、適職についてのお悩みで始めはお電話いただいたのを覚えております。色々な不安を抱えている状態でしたので、その心の重圧が幻覚を見せ、もしかして彩奈さんの身体に病気につながる異常があるのかと一時は心配致しました。しかし魂と心をじっくりと霊視させていただくと、どうやら違うというのがわかりました。電話で鑑定を続けている最中にも、彩奈さんの足元にちょこんと座るその姿がどんどん鮮明に視えてきだして、しかしそれはどうも人間には視えない、“あぁなるほどこれは……”と結果的にご実家で飼われていた犬であると、ほどなくして理解に至ったのでした。就寝中に彩奈さんが体験した出来事、それはもう疑うことなくモモちゃんです。
お母様も言われたとおりに、モモちゃんの魂は距離を越えて彩奈さんに最後のお別れを示しに来たのです。かすかにではありましたが、遠くからご相談者様のところまで辿ってきた魂の行路の跡が感じられました。
長い間一緒に生活していた物言わぬ家族。その日ご相談者様の頬を舐めて行ったのは、ある意味でモモちゃんの別れの口づけとでも言い換えることが出来るかもしれませんね。