夜9時過ぎに会社のフロアに現れる男性の霊
1年ほど前に転職をしました。前職に比べて残業もそれほど多くなく、福利厚生もしっかりしており、同僚達も優しい人ばかりで、転職は大成功、といえるでしょう。ただし、その会社にはひとつだけ不明瞭なルールがあったのです。それは夜9時までに絶対帰らなければならないというものでした。厳密に言うと夜9時までにオフィスを出なければならず、どんなにやることが残っていても夜9時以降の残業は厳禁、どうしても明日までに仕上げなければならないものがあったら家に持ち帰ってやれ、と厳しく言われました。最初は「残業をさせ過ぎないための決まりなのかな」と思っていたのですが……。
先日、なかなか片付かない仕事があり、夜8時半過ぎまで残業していました。私がなかなか帰るそぶりを見せないので、上司も「9時までに絶対帰るんだぞ」と言い残し、タイムカードを押して退勤していきました。職場には私ひとりになりました。「もう少し……」そう思って残業を続け、ようやくキリのいいところまで終わり、ふと時計を見たら、時間は9時5分。しまった、9時を過ぎてしまった。私はあわてて帰りの支度を整え、データを保存し、パソコンの電源を落とそうとしました。
すると、視界の端に何か動くものが入ってきたのです。それはスーツを着た見知らぬ男性でした。会社のどの社員でもありません。その男性はとても顔色が悪く、見るからに体調がすぐれない様子で、ふらふらとした足取りでオフィスの端にあるトイレに向かっていき、ドアを閉める「バタン」という音が聴こえました。「誰だろう……」そう思いながら私はひとまずタイムカードを押し、電気を消して鍵を閉める前に、その男性がトイレから出てくるのを一応待っていました。しかし、5分経っても、10分経ってもその男性はトイレから出てきません。気になった私はおそるおそるトイレに向かいました。しかし、トイレの中には誰もいませんでした。念のため女子トイレも調べましたが、本当に誰もいませんでした。
急に背筋がゾワゾワと寒くなっていくのを感じました。夜9時までにオフィスを出るルールは、もしかして……。私はすぐにオフィスの電気を落とし、ドアに施錠をし、逃げるようにビルから出て、そのまま帰りました。
翌日。私のタイムカードの退勤打刻を見たらしき上司から「あれほど9時までに帰れって言ったのに」と軽く叱責されました。そして「見たか?」と言ってきました。「……見知らぬスーツの男性が入ってきました。トイレに入って、そのままいなくなりました」そう正直に告げたところ、「うちが入る前、このフロアには別の会社が入っていた。その会社はかなり厳しく、俗に言うブラック企業というもので、ある晩の午後9時過ぎに、男性社員がひとり自殺した。トイレで首を吊った。お祓いも何度もしたんだが……。だからこのフロアは夜9時までに出なければならないんだ。わかったか?」そう言われました。
(千葉県柏市 佐々木庸介さん 31歳 会社員)
里々葉先生より
近年、ブラック企業に対する政府の取り締まりも少しずつ強化されてきましたが、劣悪な労働環境はなかなか改善されていません。過労とストレスから逃げるために衝動的に自殺を計ってしまう方も決して少なくありません。そういった方は、「もっと頑張らなければ」「働かなければ」といった念に支配されたまま不浄霊と化し、死後も会社に出没することが多々あります。
念のため霊視しましたが、特に誰かに危害を加えるタイプの霊ではありませんでした。ただし非常に強い念で縛られており、完全な除霊はなかなか難しいようです。無害とはいえあまり見て気持ちのいいものではなく、また頻繁に遭遇した場合は軽い霊障を受ける恐れもありますので、上司の方がおっしゃる通り、そのフロアでの夜9時以降の残業は避けた方が賢明でしょう。