古井戸の鎮魂
第17話
数年ほど前に知人づてに請けた依頼についてお話します。とある地方の地主さんが亡くなり、相続税の関係上、土地の大部分を手放すことになったのですが、その土地に現在使われていない井戸がありました。「井戸を勝手に埋めると祟りがある」という話は霊能関係者以外の間でもとても有名です。土地業者の方から「井戸をなんとかしてくれないか」と知人の霊能者に話が行き、そこから除霊や浄霊を得意とする私が紹介され、請け負うことになりました。
井戸の祟りとは
井戸を勝手に埋めると祟りが起きやすいのは本当の話です。現代日本には上下水道がほぼ完全に普及しており、蛇口をひねれば清潔な水が出てくるのは当然のことですが、それ以前の世界において、清潔な水の確保というのは大きな課題でした。井戸とは、先人がどうにかして水源を見つけて手探りで掘り当て、それを近隣の方々が大事に使い続けてきた場所であり、極めて神聖な場所なのです。神様が宿っているのも当然であると言えましょう。
そして生活様式が変わった現在、そういった昔の生活に根差した神様はないがしろにされ、忘れられかけています。彼らは元々自然にいる精霊のようなもの。それが人間の生活のために祭り上げられて神となったのです。にもかかわらず用が無くなったら社を取り壊して終わり、とするわけにはまいりません。自然にお帰り頂くための儀式を行わねばならないのです。
枯れ井戸を守っていた神様
現地へ足を運ぶと、年季の入った枯れ井戸がありました。一見すると不気味な場所です。井戸の中から幽霊が這い上がってくる某有名ホラー映画のせいもあり、ますます不気味がられ、今では肝試しの子供以外は誰も近寄らないそうです。
井戸が枯れてしまった理由は霊視ですぐにわかりました。宅地開発による河川の整備のせいです。以前、この辺りは地下水脈が生きており、この井戸もその地下水脈の水を汲むものでした。しかし河川整備のせいで水脈が断たれてしまったのです。こういった開発事業は、自然災害の被害を減らすために極めて重要なものであり、現代に住む我々は皆がその利益を享受していると言えるでしょう。しかしその背景には必ず、かつてそこにあった別のもの、忘れ去られてしまったものがあるのです。
古井戸の神様にお伺いを立ててみましたところ「話しかけられたのは何十年ぶりだろう」と感慨の声を上げていらっしゃいました。水脈が枯れて人々から忘れられても、神様は律義に井戸を守り続けていたのです。今までの苦労をねぎらい、事情を説明し、自然に帰っていただくことを了承していただきました。そして「今までこの井戸を守ってくださり本当にありがとうございました」という大きな感謝の念を込めて、祭壇を組み、祈祷を行いました。
その後…
神様にお帰りになっていただいた後、井戸は土地業者の方によって丁寧に埋められ、現在はファミリー向けのマンションが建てられています。辺りの雰囲気はとても明るくなり、広場にはいつも若い夫婦や子供たちのはつらつとした声が響いているそうです。